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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)100号 判決 1970年9月18日

原告 林重雄 外二名

幸喜良秀

被告 中央選挙管理会

訴訟代理人 小木曾茂 外三名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用中原告らと被告との間に生じた分は原告らの負担とし、補助参加人と被告との間の生じた分は補助参加人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

原告ら主張の請求原因第一項の事実は、当事者間に争いないところである。

一、(平和条約第三条が当初から無効であるかまたはその後失効したとの原告の主張について)、日本国憲法は三権分立の制度を確立し、司法権はすべて裁判所の行なうところとし、また裁判所法は、一切の法律上の争訟は民事、刑事のみならず、行政事件についても、すべてこれを司法裁判所の管轄に属するものと定めており、憲法は、さらに一切の法律、命令、規則または処分が適憲かどうかの審査権をも裁判所に与えているが、わが憲法の三権分立の制度の下においても、司法権の行使についておのずからある限度の制約は免れないのであつて、あらゆる国家行為が無制限に司法審査の対象となるのではない。直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為は、たとえ、それが法律上の争訟となり、これに対する有効、無効の判断が法律上可能である場合であつても、三権分立を認めた趣旨自体からして、裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負う政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には主権者たる国民の政治判断に委ねられているものと解すべきである(昭和三五年六月八日最高裁判所判決、民集一四巻七号一二〇六頁参照)。

平和条約は、敗戦国であるわが国が大多数の連合国との間の戦争状態を終了させ、占領状態を脱して完全な主権を回復し、再び独立国として流動する複雑な国際社会のなかで国家の存立と発展を図る基礎となり、日本国および日本国民の利害、休戚に最大の関係を有する条約であつて、その政治上の意義はまさに極めて重大である。したがつて、右条約の締結およびその解釈は極めて高度の政治性をもち、国家統治の基本に関するもので、これについて法律上の有効、無効を審査することは、前叙の理由により司法裁判所の権限に属しないものと解すべきである。

そして、このことは、本件のごとく平和条約第三条の無効が訴訟の前提問題として主張せられている場合においても同様であつて、ひとしく裁判所の審査権の外にありといわなければならない。したがつて、この点に関する原告ら主張は採用しない。

二、(公職選挙法が憲法に違反し無効であるとの原告の主張について)日本国との平和条約第二条は、日本国が領土権を放棄する地域を規定しているが、沖縄については別に規定を設け、第三条後段で、合衆国唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国の提案が行われ、かつ可決されるまで、合衆国は、沖縄の領域および住民に対して、行政、立法および司法上の権力の全部および一部を行使する権利を有する旨を規定している。これらの規定によれば、日本国は沖縄の領土権を放棄することなく、合衆国は、沖縄の領域および住民に対して行政、立法および司法上の権力の全部、すなわち統治権(施政権)を全面的に行使する権利を有し、日本国は、いわゆる残存主権、すなわち同条約第三条前段で日本国の同意している信託統治制度の下におく処分以外の領土の処分権を有するものと解されるから、この意味において沖縄は日本国の領域の一部であると認めるべきであり、また同条約の規定自体ないしは日本国と合衆国との特段の合意がない以上、同条約第三条後段の「沖縄の住民に対して合衆国は、行政、立法および司法上の権力の全部および一部を有するものとする」との表現にもかかわらず、それは沖縄住民に関する特殊な地位を設定した趣旨とは解されないから、沖縄の住民は、同条約発効後も、占領下にあつた当時と同じように日本国籍を有するものと認めるべきである。

しかしながら、以上述べたところから自から明らかなように、沖縄は、日本国の領域の一部であるということができるとしても、合衆国の全面的統治の下におかれている関係上、沖縄の住民に対しては、外国に在住する日本国民と同じように、沖縄の日本国民を規定の対象とし、日本国の統治権の及ぶ地域に実施される日本国憲法や公職選挙法以下の諸法令は、国際法上の根拠なしには当然にその具体的な適用がないものといわなければならない。

しからば、本件選挙の根拠法規たる公職選挙法が憲法に違反し、無効であることを理由とする原告の請求の失当であることは明らかである。

よつて、原告らの本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九一条第九四条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 仁分百合人 瀬戸正二 土肥原光圀)

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